バシッといこうぜぃ blog

バロック音楽や弦楽合奏曲を中心にいろいろ。

 クライスラーが奏でるJ.S.バッハのアダージョ

 東京會舘で開催されている創業90周年記念のロビー展示をちょっと覗いてきた。

 展示資料をつらつら見ていくうちに、壁際の一番左にあるケースに置いてある芳名帳に出くわした。その芳名帳は第1ページ目が開かれており、渋沢栄一を筆頭に金子堅太郎、加藤高明後藤新平、江木翼、高橋是清という当時の名だたる財界人や政治家のサインがあった。キャプションによると、これはフリッツ・クライスラー(Fritz Kreisler, 1875-1962)が1923(大正12)年5月に来日した際、東京會舘で開催された晩餐会の芳名帳らしい。関東大震災の4ヶ月前に行われた来日公演は日本の洋楽史上に残るものとして有名だが、渋沢がクライスラーの晩餐会に出席していたとは知らなかった。彼はそこでクライスラーが奏でるヴァイオリンの音色も聴いたのだろうか?
 クライスラーには、J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の録音がただひとつだけ残されている。「ソナタ第1番ト短調 BWV1001」の第1楽章アダージョだ。

 これは来日から3年後の1926年12月16日にベルリンのジングアカデミーで録音されたものだ。クライスラーらしい伸びやかで芯のある音で演奏されたバッハは極めて流麗である。パブロ・カザルス(Pablo Casals, 1876-1973)が演奏した「無伴奏チェロ組曲」を素晴らしいと言うなら、クライスラーの演奏も同じように評価すべきだろう。
 クライスラーは1923年4月20日に横浜に入港、5月1-5日に東京の帝国劇場でリサイタルを開き、その後は横浜に続いて関西方面で演奏会を行った。離日前の5月18-20日には東京と横浜で告別演奏会を開催、ググってみたら5月22日には門司市羽衣町旭座で「特別大演奏会」を行っていたようだ。東京會舘の晩餐会ではどんな会話が交わされたのだろう。他にも資料があるなら、ぜひ見てみたいもんだな。