バシッといこうぜぃ blog

バロック音楽や弦楽合奏曲を中心にいろいろ。

 サンチョ・パンサは本当に「かつがれた」のか?

 ゲオルク・フィリップ・テレマンドン・キホーテのブルレスク Burlesque de Quixotte」の第5曲には「Sanche Panche berné」というタイトルがつけられていて、日本語ではおおむね「かつがれたサンチョ・パンサ」と訳されている。セルバンテスの原作を読むと、その後篇において、森で出会った侯爵夫妻にかつがれて、サンチョ・パンサが島の領主としての役割を担うというエピソードがあり、解説によってはこの部分を描写しているかのように書かれている。

 サンチョは大勢の供を連れて島に到着し(II-45)、大聖堂できみょうな領主就任式が行われた後、直ちに法廷に連れて行かれた。そしてサンチョの元に、数々の訴訟が持ち込まれた。勿論これらは難問に四苦八苦するサンチョを見て笑い、楽しもうという魂胆で仕組まれたものだった。ところがサンチョは誰もが予期しなかった機知に富んだ見事な裁判をやってのけた。
 ― 『「ドン・キホーテ」事典』(行路社, 2005.12)p.124

 スコアを見ると、第5曲は理路整然とした四角四面の音楽だ。サンチョ・パンサが見事なお裁きをする様子によく合っているようにも聴こえる。

 ただ、ここに2つの疑問が残る。ひとつは、2-3小節目でヴァイオリンによって放り投げられるように弾かれるオクターヴの跳躍音が、いかにも滑稽な感じをだしていて、「機知に富んだ」「見事な」という内容と一致しないこと。もうひとつは、「ドン・キホーテのブルレスク」における他の曲が、前篇の、それも最初の方のエピソードに由来する内容であるのに対し、このサンチョ・パンサの曲だけ後篇に属する話を扱っていて、ちょっと収まりの悪い感じがすること。
 そんなところへ、通奏低音のギターで参加するKさんから、「ヴァイオリンの音型は、旅の始め頃、サンチョ・パンサがシーツの上でぽんぽん投げられる場面では?」というメッセージをいただいた。ええええっ!?
 で、単語の歴史的な用法についても詳述されている『仏和大辞典』(白水社, 1981)でタイトルにある「berné」の意味を再度調べてみた。

berne [中略]
(古) 胴上げ ; (新兵などを毛布に乗せて)胴上げしていじめること ; 【史】 (モール人やモロッコ人が罪人のひかがみを持って行った)抛り上げの刑.

berner [中略]
(古) (新兵などをからかって)毛布で胴上げする ; 罪人を抛り上げの刑にする. ◆ [比喩的に](まんまと)かつぐ, 一杯食わせる (tromper).

 なるほどっ!『ドン・キホーテ』前篇第17章の最後の場面で、宿代を踏み倒した主人ドン・キホーテに続いて宿を出ようとしたサンチョ・パンサは、同宿の男たちに放り投げられるようにして弄ばれる。しかも、このエピソードは、6分冊になっている岩波文庫だと第1冊目「前篇(1)」のp.308-310という位置にあるから、テレマンが作曲したのはこの場面に間違いないと言っていいだろう。



 というわけで演奏会直前ではありますが、皆様、ここでめでたく方針変更です。わははー。
 ちなみに、3つ前のエントリーで話題にした「ドン・キホーテの眠り!?」だが、同じく白水社の辞典にはこんなことが載っていたのでメモ。「(廃)」というのは「現在は用いられていない語(義)」とのこと。

couchée [中略]
◆ 宿屋での宿泊 ; 旅の宿(gîte). ◆(廃) (旅行中にどこかで)寝ること. ◆(古) 宿駅 (étape).

 では、明日のリハーサルもどうぞよろしくです。 m(_'_)m ぺこりん。
 

追記(2012.06.03 00:55)

 「Sanche Panche berné」というタイトルだけれど、デンマーク王立図書館所蔵の手稿パート譜には「Sanche Pauche Bernèe」あるいは「Sanche Pauche Bernè」と書かれている。ちなみにサンチョ・パンサの「パンサ」は太鼓腹という意味だが、フランス語では「paunchy」というらしい。