バシッといこうぜぃ blog

バロック音楽や弦楽合奏曲を中心にいろいろ。

 ムファットのパッサガーリャに聴く「調和の捧げもの」の響き - その2

 承前
 ニコラウス・アーノンクールは、その著書『古楽とは何か』(音楽之友社, 1997.07)の「イタリア様式とフランス様式」という章で、1704年のヴューヴィルによる発言を引用しつつ、次のように書いている。(1704年というのはムファットが亡くなった年だ。)

 両者の間に横たわる亀裂はかくも乗り越えがたかったために、フランスとイタリアの音楽家は互いに軽蔑のみを抱き、イタリア風の奏法を学んだ弦楽器奏者はフランス音楽の演奏を拒否したし、フランスの音楽家はイタリア音楽を拒否した。加えて、様式の相違は、作品自体の形式上の相違と同様、演奏テクニックのあらゆる細部にまでおよんでいたため、彼らは敵方の音楽を演奏できなかったのである。当時音楽は響きという言葉による対話として理解されていたため、人は自分が習得していない響き=言葉を音楽によって語ることはできなかったし、そうしたいとも思わなかった。フランスの音楽家たちはイタリア風の自由な装飾に腹を立てた。[後略]
 ―― ニコラウス・アーノンクール著『古楽とは何か』(音楽之友社, 1997.07)p.234より

 ゲオルク・ムファット(ムッファト)が作曲した「調和の捧げもの」のソナタ第5番は5つの楽章からなる。

  1. アルマンド (グラーヴェ)
  2. アダージョ
  3. フーガ
  4. アダージョ
  5. パッサガーリャ (グラーヴェ)

で、この5曲は次のような関係にある。

┌1. アルマンド (グラーヴェ) 4分の4拍子
  2. アダージョ 2分の3拍子┐
    3. フーガ 4分の4拍子 
  4. アダージョ 4分の4拍子┘
└5. パッサガーリャ (グラーヴェ) 2分の3拍子

 第1楽章のアルマンドと第5楽章のパッサガーリャ(というより、ほぼシャコンヌ)はフランスの舞曲に由来し、楽譜通りに弾くべしという意味の「グラーヴェ」の指定がある。第2楽章と第4楽章に付けられた「アダージョ」の指定は、明らかに「イタリア音楽の様式で」ということであろう。そして中央にお堅いフーガ。拍子も4拍子と3拍子が交互に連なると同時に、「アルマンドの4拍子×パッサガーリャの3拍子」と「3拍子のアダージョ×4拍子のアダージョ」が対峙している。
 アーノンクールは別の章でムファットについてこう書いている。

 ムファットはふたつの敵対する様式を意識的に、そしてまさにヨーロッパ的な宥和の象徴法によって結合させた最初の作曲家だった。この宥和は、ルイ十四世とレオポルド一世の政治的対立(それがかくも異なったふたつの民族の間に存在する〈文化的対立〉を深めることもあり得ただろう)を背景に理解されるべきだろう。
 ―― ニコラウス・アーノンクール著『古楽とは何か』(音楽之友社, 1997.07)p.250より

 ムファットはふたつの様式をただ並置させたのではない。「調和の捧げもの」の最後を飾るパッサガーリャの中で、フランスのシャコンヌ(chaconne)とイタリアのチャッコーナ(ciaccona)を大胆にも同時に響かせた。次回はそのことについて書こうと思う。

というわけで、「その3」へ。