バシッといこうぜぃ blog

バロック音楽や弦楽合奏曲を中心にいろいろ。

 譚盾のドキュメンタリー「涙の書」(NHK BSプレミアム)

 3月27日にNHK BSプレミアムで放送された作曲家譚盾(タン・ドゥン, Tan Dun, 1957- )のドキュメンタリー「涙の書」を観た。感動的だったので2回観た。NHK交響楽団の定期公演で世界初演が予定されている新作の創作過程を追うという内容だが、コンサートの「番宣」というだけではなく、今にも消えてしまいそうな記録と記憶を、現代あるいは未来にどのように伝えるか、という点において重要な意味を持つ番組だったように思う。

 「中国湖南省の村々に"女たちの間でのみ書かれ読み継がれる文字"」は、解放前の中国湖南省に生きた女性たちの厳しい生活の記憶を背負っている。とても興味深いことに、この文字は読み上げられる際に独特の節回しで吟じられるようだ。タン・ドゥンはこのドキュメンタリーにおいて「私が作ろうとしているのは“ドキュメンタリー交響曲”。この交響曲で女書文化を詳細に記録したい」と言う。
 その作品は12の楽章からなり、そこには多くの「涙」が詰まっている。作曲家は、なぜ「こんなに多くの涙が詰まっているのか。涙 涙 涙ばかりだ」と自問する。「一体涙とは何なのか。涙とは何なのかを表現できなければこの曲は完結できない」。
 そして女書の研究者に会い、「女書は詩でありとても優雅な文章なのです」「厳しい現実に耐えられず自殺を選ぶ女性もいますが、女書を書いた女性は自殺などしませんでした。彼女たちはロマンを手に入れ、女書の中に夢を作り出したのです。」という言葉を聞く。纏足という風習が一般的だった時代においても、「彼女たちの心の中にはとても美しい王国がありました。女書の世界では天にも地にも海にも行けるのです」。女書に籠められた「ロマン」そして「希望」。
 交響曲の最後では「洗濯物の布で水気を飛ばす音、野菜を洗う音。それでロックの音楽を作る」「生活そのものが音楽になる」のだそうだ。わずかに残る女書の伝承者たちは、村に伝わる民謡のメロディーにのって21世紀に生きる作曲家が作った詩を謡う。「女は水、心の憂いを流す。女書は涙、心の愁いを洗う。女は河、心の歌を流し出す。女書は海、心の夢を巡る」。彼女たちの声は決して訓練された華麗なものではないが、素朴で真実味があり、それだけに人の心に届きやすいものだ。
 番組の最後で、たおやかに流れる川にかかる小さな石橋に座りながら、タン・ドゥンは「女書には女の情け、ほほえみ、涙が詰まっている。それは永遠に流れ出している」と言う。彼は女書から「音楽はこの水のように絶え間なく流れ、始まりがなければ終わりもない。ただいつまでも続く」ことを学んだと言う。5月の新作では、どのような音楽、いや、どのような時の流れを聴かせてくれるのだろうか。今から楽しみであるな。